作:虚空花(@morino_hana

声を聞かせて 第1話

声を聞かせて 第2話

声を聞かせて 第3話

声を聞かせて 第4話

声を聞かせて 第5話

声を聞かせて 第6話

声を聞かせて 第7話

『亜紀、俺が一緒にいる。大丈夫だ』

闇に沈むようにして、眠りに落ちる寸前、黎斗の声が聞こえたような気がした。
そのあとは車に揺られるような心地良さに身を任せていたら――今度はナオさんの声がすぐ隣から聞こえた。

「あーあ、俺カンペキ負けてんじゃん」

私といた時よりも、ずっと砕けた調子のナオさんの声。
地面を踏む足音が連なり、体が波打つように揺れる。
うっすら瞼をあげるけど、視界はぼやけている。
頭がはっきりするにつれて、周りの形が見えてきた。
私は誰かの背中にいるようだ。

――これは誰? ……黎斗?

誰かにおぶさった状態で移動していると知り、早く降りたいと思うもの、悪酔いのような状態ですぐには体が動かなかった。
ぼんやりと揺られる中、私の下から声が聞こえる。

「……筑紫(つくし)先輩なら、なんとなく……亜紀の怖いものをなかったことにしてくれるかなって思ってました。
……筑紫先輩はなんでも出来るから」
「お、俺の後輩もたまには可愛いこと言うな。――だけど実際は、俺じゃ役に立たなかったみたいだけど」

少しの沈黙。そしてナオさんのため息が聞こえる。

「亜紀ちゃんは……男性恐怖症ってわけでもなさそうだよね……もっと別の意識下の……複雑そうな感じだったな」
「俺もよく知りません。……でも、亜紀が怖いって思うのはきっと――」
「それ以上聞くのはプライバシーに関わる話だから、やめておくよ。
キミも大事な彼女の情報を他人に言いふらさないほうがいいんじゃない?」
「……彼女、じゃありません。俺は亜紀のことが好きだけど、亜紀は俺のこと好きじゃないから」

「――とかなんとか言ってるけど、本当のところはどうなの? 亜紀ちゃん」

どうやら、ナオさんには私が起きていることがバレていたらしい。
私はちょっとだけ気まずく思いながら、黎斗の背中から上体を起こす。

「亜紀、起きてたのか?」
「今起きたの。だから降ろして」
「いやだ。また倒れるかもしれない」
「この年でおんぶとか恥ずかしいんだから、早く降ろしなさいよ」
私が必死になって訴えると、ナオさんがくすくすと笑う。

「やっぱり亜紀ちゃんは、黎斗といる時のほうが可愛いな。ザンネン――わざわざ研究室の助っ人までして、印象づけようとしたのに。
1ヵ月間のかけもちはけっこうキツかったんだよ?」
「一緒の研究室にいたっていう話は本当だったんですか……?」
「まあ、ここぞとばかりに准教授にコキ使われて、全然アピールできなかったけどね。でも黎斗君以外の顔すら覚えないってひどいよね。
まるで、世界で黎斗君だけを必要としているみたいでさ」
「は、恥かしいこと言わないでください……私の世界はもっと広いです。今はナオさんもいますし――」
「じゃ、期待してもいいってこと?」
「そ、それは……」

語尾を濁すと、ナオさんは「冗談だよ」と手を振りながら背中を向けた。
「ナオさん!」
暗い住宅地の、人がまばらな交差点を曲がってゆくナオさんの背中を見て、私は咄嗟に呼び止める。
だけどナオさんは、背中を向けたまま手をひらひらと振るだけで、こちらを見ようとはしなかった。