作:虚空花(@morino_hana


声を聞かせて 第1話

声を聞かせて 第2話

声を聞かせて 第3話

声を聞かせて 第4話

声を聞かせて 第5話

声を聞かせて 第6話

ナオさんが一緒に見たいと言ったのは、公開したばかりのSF映画だった。

とある女性科学者が、好きな人の髪でクローンを作るお話。
内向的で、好きな人に好きと伝えられない科学者は、代わりにクローンを大事に育てるんだけど。
ある日、彼女は本当の想い人から、好意を寄せられていることに気づくのだ。

そして彼女は迷いながらも、クローンを生み出したことに責任を感じて――想い人には本心を告げないまま、クローンと暮らした。
だけどクローンは成長が早いうえ短命で、数年も経たないうちに亡くなってしまい、彼女はその後、生涯ひとり身を貫く――。

あまり後味の良い映画ではなかった。

パンフレットを読んだ時に、悲しい結末なのは、予想してたけど。
いくらなんでも悲しすぎた。

私は泣くのを我慢してたけど――それでも堪えきれずに涙を落とす。
静かに俯くと、ふいに、右手がぬくもりに覆われた。
暗がりで重ねてきたナオさんの手。
驚いて見上げると、ナオさんは笑顔で。けど、私には泣いてるみたいに見えた。
暗がりで髪が真っ黒に染まったナオさんは、どこか黎斗に似ていた。

「……ナオさん……あの……」
「ごめん……ここにいる間だけ、こうさせてほしい」
ナオさんの強張った声を聞いて、私は何も言わずにスクリーンに視線を流した。
右手をきつく握られて、少し痛い。

スクリーンでは、主人公の余生がアルバムで表現されて、花で弔われる姿を最後に、エンドロールが流れる。
客席から立ち上がる人が続出する中、私達は座ったままだった。

「…………キミのことが……本当に好き、なんだ……っ」

人がまばらになり、周囲が明るくなった頃、ナオさんが絞りだすように言った。
告白されたのはこれで何度目だろう。
今まで冗談みたいに聞こえた言葉が、今度こそ私の胸に沁みてきた。
もしかしたら、これまでの大人びたナオさんは強がりだったのかもしれない。
今ここに居る辛そうなナオさんが、きっと本物なんだ――。
ナオさんの震える手が、彼の心を表していた。

「……ひとつ聞いても……いいですか?」
私の声に反応して、こちらを向いたナオさんは、痛みを我慢してるみたいな顔をしていた。
「いつから私のこと……好き、なんですか?」
私の問いに、ひと呼吸置いて、ナオさんは静かに答える。

「亜紀ちゃんは……去年まで黎斗君と別の研究室に……いたよね?」
「……はい」
「その時さ、よく亜紀ちゃん……差し入れに来たでしょ? 黎斗君が遅くまで残ってたから」
「そういえば……そんなことも」
黎斗は昔から、のめりこむと止まらない性格だから、研究室が別だった頃は、私がよく差し入れを届けてあげたものだ。
すっかり忘れてたけど、そんなことも確かにあったな――と思っていたら。

「実はさ、その差し入れ……亜紀ちゃんたまに間違えて、俺に渡していたんだ」
私は弾けるようにナオさんを見上げる。

「……え」
「あの頃の俺は、髪も染めてなくて、前髪長かったし……他の奴らからもよく黎斗と間違われたんだ。
だけど亜紀ちゃんに間違えられるたびに、面白くて黎斗のふりをしてた。声は出さないようにして、ね」

「え……だって、いくら似てるからって……幼馴染なのに」
「亜紀ちゃん、差し入れする時は、いつも照れて俯いてたし、よく顔を見てなかったんじゃない?
けど、だんだん俺が貰ってるみたいに思えてさ……キミには悪いけど、いつの間にか当然のように受け取ってた」
ナオさんは自嘲する。
いつもみたいに何事もないようには笑えてなくて、空笑いになっていた。

「亜紀ちゃんのことが気になりだしてから俺は、見た目とかも気にするようになって、自分磨きを始めた。
……けどさ、オレが雰囲気を変えたら――キミはもう、差し入れを間違えなくなったんだ……」
ナオさんはため息をついて、何かを思い出すように目を閉じる。

「あの時はショックだったな……そこで初めて、キミのことが本当に好きなんだって気づいた。
それからはずっと、学内で見かける度に、なんとか声をかけようと思ったけど……君はいつも俯いて歩いていて、黎斗君といる時と全然違った。
――それは1年経っても変わらなくて。だけど俺は、今度こそ俺自身を見てもらいたいと思ったから――」

ナオさんの声はやっぱり震えていた。
男の人が苦手な私だけど、ナオさんに対してだけ、恐怖を感じない理由がわかった気がした。
きっとそう。
ナオさんは、私のことをずっと怖がっているから。
だから、私はこの人のことが恐くないんだ……と思う。

「今度こそ、俺を見てよ……亜紀ちゃん」

ナオさんのことは嫌いじゃない。だけど、どうしてナオさんの気持ちに応えることができないんだろう。
恋愛とか、密かに素敵だと思うし――ナオさんみたいな楽しい人と一緒にいられるなんて、幸せだと思う。
でもやっぱり……何かが違う。決定的に重要な『何か』が足りないのだ。
それはナオさんに不足しているものとかじゃなくて、きっと私に必要なもの。

私があらためて自分の気持ちを見つめ直していたその時――。
ふいに、後ろに座っていたスーツの男性が、前の列を通り過ぎて出口に向かった。
顔は見えないけど、痩せ形のどこにでもいるサラリーマン。会社帰りだろう。
なんてことない、他のお客さん。
だけど、その姿が徐々に遠ざかって、小さくなるのをぼんやり見ているうちに――私の頭が割れるような痛みを感じた。

「――うっ」
頭痛と同時に吐き気がして、手で口を押さえる。

「亜紀ちゃん?」
まるで落雷をそばで聞いてるような耳鳴りと、眩暈。
突然降りてきた恐怖に背中が冷たくなって、視界が歪んだ。

「……黎斗……たすけ……」
頭痛と吐き気で意識がもうろうとする中――ナオさんが懸命に私の名を呼ぶのが遠くで聞こえた。