作:カメ美(@midogame


 


毎週土日の朝は近所の川沿いを走る。ここ最近の俺の習慣。

今までの高校生活を野球部で汗を流すことに費やしてきた俺は、引退した今でもやっぱり体を動かしていないと落ち着かない。

夏の大会。三年生の俺達にとっては最後の大会で、順調に勝ち進めたものの残念ながら良い結果を残すことは出来なかった。

試合に負けた三年生に訪れた引退の二文字。そして 代わりにやってきたのは受験の二文字。
一応、うちの高校は進学校。

現役中も部活にかまけているから成績が悪いとは周囲から言わせないように勉強もしていたが、引退して改めて目の前にたちはだかった受験勉強。

部活を引退した今は学校がある日に体を動かすことは時間的に難しい代わりに休日はこうして早朝から走っている。
そして元部活仲間と勉強の息抜きにキャッチボールをしたり。



そんな中、朝の6時台に走っている最中に毎回会う見知った顔。
今日も茶色い毛をした元気な柴犬と散歩中の彼女が前方から近づいてくる。

「藍川くん、おはよう!」

「おはよう」

彼女は隣のクラスの田村さん。
同じクラスにはなったことはないけれど、一年生の時に委員会で一緒だったから顔見知りだ。
走り始めてから偶然この川沿いで会って、家も割と近い場所に住んでいることがわかった。

最初、声をかけられた時には不覚にも誰かわからなくてキョトン、としてしまった俺。
そんな俺に田村さんは、そうだよね。学校の制服じゃなくて私服だと誰だかわからないよね。ほら、女は化けるって言うし?と無邪気に笑った。


 


田村さんは愛犬の散歩でいつもこの時間に川沿いを訪れているらしい。
土日は俺もいつもこうやって走っているから毎回顔を合わせている。

最初は挨拶程度だったが田村さんの連れている犬が可愛くて、動物好きの俺が構うようになると自然と世間話をするようになった。

「おっ、ラッキーもおはよう」

「ワンッ!」

田村さんの愛犬・柴犬のラッキーの頭を撫でてやると、ぶんぶんと尻尾を振ってなんとも可愛らしい。


 


「藍川くん、毎週どのくらい走ってるの?」

「この河原の周りを一周するから、一時間くらいかな?本当は学校のある日も体を動かしたいけど、受験に向けて慌しくなってきたし。
だから土日に普段出来ない分を走ってるって感じだよ。部活で毎日汗をかいてたのが懐かしいっていうか、染み付いちゃってさ」

「野球部の皆、頑張ってたもんね…。うちの高校の野球部が準決勝まで勝ち進んだの初めてだから、試合にも沢山の人が見に来てたよね。
実は私も球場まで応援に行ってたんだよ」

「えっ、そうだったんだ!?」

「試合で投げる藍川くん、かっこよかったよ」

「え…っ?」

俺は頬の熱が一気に上昇するのを感じた。この状態、絶対に顔が真っ赤だ。そして俺は若干挙動不審気味だ。

田村さんが「どうしたの?」と自分の言葉に対して反応がない俺を不安そうに覗き込む。

「あ…っ、ごめん…!俺、女の子にそういう風に言われるの初めてだからびっくりして…」

そうなのだ。男女共学だから女子とも普通に会話はするが、なんせ高校生活は今までは野球に青春をささげてきた。

女子マネージャーなんていなかったし、部活に熱中していたから勿論彼女なんていない。
だから、こんなくすぐったくて恥ずかしいことを女子の口から言われること自体が俺にとって未知の感覚なのだ。

「藍川くんはうちの高校の野球部をここまで引っ張ってきたエースだし、藍川くんのことかっこいいって言って狙ってる女子は多いんだよ?」

「ちょっと!そんな冗談でからかうのはやめてくれよ!」

ますます頬の熱が上昇するのが自分でも手に取るようにわかった。
耳まで熱い、というか体中が気恥ずかしさで火照ってくるような感覚。

慌てる俺に田村さんは「冗談なんかじゃなくて本当のことなのに」と無邪気に笑う。その元気の良い笑顔に俺はいつしか可愛い、という感情を持つようになった。


 


毎週河原で顔を合わせているから、田村さんとは学校で会ったときにも挨拶を交わすようになった。
田村さんが友達に教科書を借りようとうちのクラスに来た時にたまたまその友達が不在で、俺が代わりに教科書を貸したこともあった。

返ってきた教科書には、田村さんの愛犬ラッキーにそっくりな犬のキャラクターの付箋で「ありがとう」とお礼が書かれていた。

そして食堂で俺と友人達が座っている席の近くに偶然田村さんがいて、皆で話したことも何度かある。
やっぱりその時も無邪気に笑っていて、この元気な感じは犬っぽくて可愛いな、と思った。



土日の早朝は河原で犬の散歩中の田村さんと会う。相変わらずの立ち話。
ほんの3分とか5分だけど、テレビの話や受験の話。クラスも違うし、学校ではななかできないそんな世間話をするのが俺は楽しみだった。


そんなある日の会話。
「来週から土日も模試とか入ってくるね。そういう時は藍川くんどうするの?走るの?」

「模試がある日はさすがに厳しいなぁ。ラッキーの散歩は?」

「その時は妹にお願いしようかと思ってるんだ。毎週こうやって顔を合わせてたから、なんだか寂しいね。ラッキーもそう思う?」

するとワン!と返事をしたラッキーの頭を「そうかそうか!」と撫でてやったら、尻尾を振りながらクーンと鳴いてきた。

「藍川くんはどこの大学に行くか決めた?私は一応、志望校はA大だよ」

「俺はC大を志望してるよ」

「そうなんだね。大学に行っても野球は続けるの?」

「うん、そのつもり。野球は大好きだからね。でもその前に何はなくとも受験だよな。最近、学校でもピリピリした空気になってきたし…」

「うちの学校、一応進学校だもんね。放課後の図書館とか、ここ最近は満員状態だしね…」

「今は受験勉強に専念しないとやばいよな…」


 


俺と田村さんは顔を見合わせてため息をつく。
これから受験勉強がますます本格化し、こうやって土日も走ることも難しいかもしれない。
学校では顔を合わせてもきっとこうやって田村さんともきちんと話す機会も少ない。



「ねぇ、受験が終わったらどこか遊びに行こうよ。合格祝いも兼ねてさ」

俺は田村さんに提案する。心の中でドキドキしながら。だってこれはある意味、デートの誘いだからだ。
田村さんは一瞬、驚いた表情をしたがすぐにいつもの無邪気な笑顔を浮かべた。

「藍川くんってば気が早いよ」

「合格するために受験勉強頑張るわけだからさ」

「うん、そうだね。お互い合格できるように頑張らないとね!それじゃ、合格祝いは遊園地に行こうよ。パーッと遊んで受験の鬱憤をはらすの!」

「それいいね!じゃ、約束な!」
俺が指を差し出すと、田村さんは少し照れたようにはにかみながら俺に小指を絡めて、二人で指きりをして約束をした。
「うん、約束だよ!」



部活では望む勝利は掴めないまま引退してしまったけれど、こっちは勝てそうな気がする。
俺は根拠のない自信を胸に小指が離れる前に俺は田村さんにこう宣言をした。



「あの…さ。俺、受験が終わるまでは他に彼女作らないから…」

自分でもなんて恥ずかしいことを言っているのだろう。心拍数が上がって顔も真っ赤。小指も少し震えている。

「私も同じ。受験が終わるまでは他に彼氏は作らないよ」
田村さんも頬をほんのりを赤く染め、いつもの無邪気な笑顔ではなくてはにかんだ表情。

それは「約束」の日までの新しい「約束」。いま目の前にあるのは受験勉強、合格の二文字。まずはこれを果たさなければならない大事な時期。



互いの彼女と彼氏は自分たちしかいない。だから約束の日がくるまで互いの恋人ポジションを予約。
今は淡く甘い思いは胸にしまって、でもそれは「約束」の日のための大きな活力で。
少し未来の約束をした二人は真っ赤な顔で笑いあう。
絡めた指先が熱くてそこから甘酸っぱい想いが伝わってくるようで。
蕾からほんのりと咲いた可愛らしい花のように、まるで色で例えるなら淡いピンクの空気を放つ二人を眺めている柴犬のラッキーは
「青春だねぇ」と言わんばかりにワンワンと大きく鳴いた。