作:カメ美(@midogame
 


勤め先の会社が入っているビルの隣に最近とあるコンビニがオープンした。

前々からそのコンビニの100円コーヒーが美味しいと聞いていたので、出勤前に買ってみたら思いの外ハマってしまった。

朝にコーヒーを飲む習慣はあまりなかったけれど、こうして仕事前に飲むのは朝のだるい気分もシャキッとするし、なかなかいいものだ。

俺は毎日のようにコンビニへ立ち寄り100円コーヒーを買う日々が続いた。

そんなある朝。俺と同じようにコーヒー一杯だけを買う女性がいた。
ふわっと湧き上がるコーヒーの湯気のように色が白くて、ほわっとした柔らかな雰囲気。
スタッフと会計時に話す声も高めの声で可愛らしい。
オフィスカジュアル、といった服装だったからきっと出勤前なのだろう。
翌日も前日と同じ時間にコンビニへ行ったらやはりコーヒーを買う彼女を見かけた。その姿はやっぱり可愛かった。

俺はどうやら彼女に一目惚れしてしまったらしい。
勿論、名前も年齢も勤務先もわからない。とりあえず左手の薬指には指輪はなかった。



俺も大人といわれる年齢、まぁ数少ないながらも恋愛経験はないわけじゃない。内容には自信ないけれど。恋の始まりはいくつになっても甘酸っぱい。

彼女に会いたくて俺は毎朝同じ時間にコンビニへ通う。なんだこの行動?男子中学生か?俺は自分自身にツッコみつつも、毎朝一杯のコーヒーを買う。

そして毎日ではないけれど、週に何回かは遭遇に成功している。
俺は彼女と接点を持ちたい。でも突然話しかけるのなんておかしな話だ。逆に驚かれて、気味悪がられてしまうだろう。むしろやばいし、怖い。

見ているだけはもどかしい。でもどうしたらいい?
俺がハンカチとか何でもいいから物を落としたら、後ろから「落ちましたよ」と拾って声を掛けてくれたのが彼女でそれがきっかけで恋が始まる、とか。

どこの少女漫画だよ。そしていつの時代だよ、昭和のシチュエーション?そんな妄想まで頭の中で展開中だ。
あれ?俺、結構いい歳だよな?恋愛脳が思春期に戻っちまったのか?恋とは人を純粋な気持ちを取り戻させてくれるものなんだな。俺は無理やりそう思うことにした。


 


ある朝、コンビニに寄った俺は彼女ではなくて会社の後輩に会った。

「毎朝先輩がコーヒー買ってくるから、俺も気になっちゃったんですよね。そんなに美味しいんですか?」

シャキッとするはずの朝のコーヒーだけど、俺の心はもやっと葛藤中だよ!ここのコンビニコーヒーはもどかしい大人の一目惚れの味だよ!俺は心の中でぼやいた。

後輩と二人、コーヒーのカップを片手にビルのエントランスをくぐると、目の前に見覚えのある背中が。
それは信じられないことに「彼女」であった。

同僚らしき人と挨拶を交わしながら、1階フロアのとある会社の扉の奥にその姿は消えた。
朝のコンビニで会うくらいだから、きっとどこか近くの会社に勤めているんだろうな、とは思っていた。
俺の勤務先は同じビルの5階。もしかしてこんな近くで働いていたのか!?
あまりにも突然訪れた出来事にぽかーん、と口を開けていると後輩が

「何やってるんですか?早くしないとエレベーターのドア閉めちゃいますよ?」と急かしてきたので小走りで向かうと、
手に持ったカップの中で飲みかけのコーヒーが俺の心の動揺を現すかのようにたぷんたぷん、と大きく揺れた。


 


彼女が勤めているであろう会社と俺の職場では業界が全く違い、取引的にも接点がない。
つまり、せっかく同じビルに勤めていたとしても接触する機会は恐らくない。
ビル全体の異業種交歓会でもいっそあったらいいのに。
俺はそんなことを悶々と思ってはいるが、仕事に支障をきたすわけではなくむしろ、このもどかしさを仕事への熱意に変えて
上司や取引先からもお褒めの言葉をいただいたりと好調だ。


 


出張先に直行だったある日、朝のいつもの時間にコンビニに寄れなかったのでこれから会社に戻る夕方4時過ぎにコーヒーを買いに立ち寄った。
彼女に会えるから、というのもあるが俺は何だかんだでこのコンビニのコーヒーが好きなんだな、とつくづく思う。
店のスタッフも朝とは違い、ここは一応オフィス街だからお昼の買い物ラッシュ過ぎの中途半端な時間は空いている。
俺は店内の休憩コーナーに腰かけコーヒーに口を付けた。
いつもはここで飲まずにカップを会社まで持って行くが、今日はなんとなくここで小休憩していきたい気分だった。



そして椅子に座ると足元に何やら書類が入った封筒が落ちていることに気づいた。
表面に印字された封筒を見ると彼女が勤務しているであろう会社の名前が書かれていた。
忘れ物としてスタッフに預けるか。それとも同じビルだし、届けるのもありか。
俺は変な下心も全くなしに単純にそう思っていた矢先、コンビニに誰かが飛び込んできた。
「あ、それ私のです!さっきここに寄った時にうっかり落としちゃって…。拾って下さったんですね、ありがとうございます」



それは紛れもなく俺がいつもここでただ見かけるだけでもどかしい思いをしていた彼女であった。
慌てて走ってきたのだろう。ぜぇぜぇと息と切らしている。
こんな偶然ってあるものだろうか?何この奇跡的なシチュエーション。
俺の都合の良い妄想とか少女漫画的な展開の具現化!
この機会を逃してなるものか!
俺は内心ゴゴゴと想いが熱く煮えたぎるのを表情には全く出さずに出来るだけスマートに振舞った。



「僕もつい先ほどこの場所で拾ったんですよ。見つかってよかったですね」
「本当に助かりました。ありがとうございます。あの…、5階のA社の方ですよね?」
えっ?嘘!?もしかして俺のこと知ってる?一度も話したことないのにどうしてだ?
俺の疑問は次の瞬間、解明された。



「この間、A社で入社説明会があった時にビルのエレベーター前に案内で立ってらっしゃいましたよね?
凄く元気な声で案内される方だったので覚えてたんです。それにここでよく会いますよね?」

つい先週、うちの会社で新卒向けの説明会があって俺は案内係だった。彼女はそれを見ていてくれたってことか?

それに俺がコンビニにいること気づいてくれてた?やべぇ、嬉しい…。

「僕、A社の鈴木といいます!」

気がついたら名刺を彼女に渡していた。いったい俺は何をやっているんだ?
これじゃ名刺を使ったただのナンパじゃねぇか!怪しさ満点だよ!

でも、このチャンスにはこの行動と自分の思考回路が働いた判断の結果だ。
当然彼女はきょとん、としていた。でも名刺はかろうじて受け取ってくれたが再びお礼を言うと足早に去ってしまった。

せっかく初めて彼女と話が出来たというのに。
仕事で会ったわけでもないのに、あんな風に名刺を渡されたら普通ドン引きだよな。
大人の不器用な一目惚れよサヨウナラ。
俺はどんよりとした気持ちで残りのコーヒーを飲み干した。
あれ?こんなに苦かったかな?これ、間違いなくメンタルが影響してるわ。はぁ、とため息をつきながら俺は会社へと戻った。


 


帰社してデスクでメールチェックをしていると、何やらビジネスメールとは系統が違うものが。

「先ほどはありがとうございました」

件名にはそう書かれていた。それは不審者全開で渡した名刺のアドレス宛に届いた彼女からのお礼のメールだった。

あまりにも予想外の出来事に俺は心の中で万歳を繰り返した。
彼女がメールをくれて、俺は彼女の名前を知ることが出来た。ようやく一歩前進だ。


「またコンビニでお会いすることも多いと思うので、その時はよろしくお願いします」とメールを返信した。
むしろ会う気満々だけどな!



そして、コンビニで顔を合わせると彼女と挨拶するようになった。時間がある時には休憩スペースで世間話もした。
コーヒーはブラック派だけど、砂糖も入れていないコーヒーの味が甘く感じることってあるんだな。
やっぱり俺にとってコーヒーの味はメンタル的なものが影響するのかもしれない。
この甘さがもっと増量しますように。更なる恋愛前進、頑張れ俺!