作:虚空花(@morino_hana

声を聞かせて 第1話


声を聞かせて 第2話


声を聞かせて 第3話


 

「ナオさ――あの、ツクシセンパイ……」
「俺は名前のほうが嬉しいな」
「じゃ、……ナオさん」
「なに?」
「手……恥ずかしいんですけど……」
「そう? 俺は楽しいよ?」

 移動中、ナオさんに繋がれた手が恥かしくて、何度も振り払おうとしては拒まれた。
 ――本当についてきて良かったの? なんて思っても、今更遅いし。「やっぱり帰ります」とは言えるはずもなくて。
  
 私はナオさんに連れられて、大学から駅まで続く市街地を歩いていた。
 平日の昼間なので、それほど人はいないけど、私と同じような学生が、ちらほら歩いている。
 講義のない時間はこの辺りで時間をつぶす学生も少なくはない。

 だから、知ってる人に、こんなところを見られたらと思うと――少しだけ心臓に悪かった。
 私の友達と言えば、幼馴染の黎斗(れと)や舞(まい)くらいだから、心配はいらないと思うけど。

 変な噂でも立てられたりしたらヤだな――。
 なんて思っていると、ナオさんがいきなり立ち止まり、私の眉間を人差し指でグイッと押した。

「そんな顔してたら、クセになるよ」
「だったらこの手、離してください……誰かに見られでもしたら……」
「手繋いでるの見たくらいで騒ぐのは、中高生くらいだよ。それより、亜紀(あき)ちゃんは甘い物好きだよね?」

 ――私のこと、ホントによく知ってるなあ。

 心の中でそっと呟く。
 黎斗と私のことをズバリ指摘したナオさんだから、驚くほどのことでもないんだけど。

 私が肯定すると、ナオさんは優しく微笑んで近くにあったカフェのガラスドアを押しあけた。
 初めて入るお店。
 外出が億劫で、休み時間は学食で済ませるし、黎斗といると寄り道せずに帰るから、新鮮な気分だった。

 ナオさんがそこにいるだけで、なんだか新しい風が吹いてるような気がする。

「何頼む? おごるから、遠慮しないでね」
「ワリカンでいいです」
「俺が誘ったし、遠慮しなくていいよ?」
「……おごってもらうのって、あまり好きじゃないから」
「亜紀ちゃんは負けず嫌いな感じだよね。んー……じゃあ、こういうのはどう? 俺とジャンケンして勝ったら、俺のおごりってことで」
 ナオさんはピースした指を折りまげて笑う。

「プ……なんですか、それ」
「初めて笑った」
「ナオさんって、おかしな人ですね」
「ちなみに俺が勝ったら、亜紀ちゃんが俺の分を半分負担しないといけないからね」
「えー」

 文句言いながらも、ナオさんの言い方が面白くて――少しだけワクワクしながら待ち構える。
 だけどナオさんは、なぜか手じゃなくてスマホを出した。

「なんでスマホ?」
 飼い犬らしきチワワの待ち受け画像を見て首を傾げていると、ナオさんは目の前でスマホの操作を始める。
 開いたのは、よくわからないお酒のマークのアプリ。 

「これはワリカンアプリ。俺と友達で開発中なんだ。どうせなら、この場で試してみたいと思ってさ。
 本当はワリカンの負担額を決めるジョークアプリだけど」
「ゲームですか?」
「そう。合コンや飲み会で盛り上がるかなと思って」
「これ、ナオさんが? 凄い!」
 私が心から尊敬の眼差しを向けると、ナオさんは恥ずかしそうに頭をかいた。

「まあ、出資も開発もほとんど友達がやってるんだけどね」
「これ、どうやるんですか?」
「まずはパーセンテージを設定して、勝敗はミニゲームで決めるんだよ――。ほら、ここをタップしてみて」
「こうですか?」

 それからは、思いのほかナオさんのアプリが楽しくて、注文そっちのけで遊んだ。
 スマホを触る間、ナオさんは操作性とか、アプリの感想なんかをときどき聞いてきた。
 ナオさんの珍しく真面目な顔を見て、私も頑張って応えようとする。
 
 そんな風にやりとりするうちに――スマホの電池マークが赤くなる。

「すみません、面白くて、つい遊んじゃいました……」
「いいよ。むしろ作り手としては嬉しいし。でも、5勝10敗で俺の負けかあ。亜紀ちゃんってゲーム強いね」
「ゲームだったら黎斗にだって負けません…………あ」

 黎斗の名前を出した途端、頭から血の気が引いた。
 大切な友達を傷つけた人と、私は何をやっているんだろう。いくらなんでも、はしゃぎすぎではないだろうか。
 私が急に黙り込むと、ナオさんはパンケーキを2つ注文する。

「約束通り、俺のおごりでいいよね?」
「……はい……」
 勝ったには違いないけど、ナオさんの思惑にハマったような気がして、むしろ負けた気がしてならなかった。 

「お通夜みたいな顔してるなあ……黎斗君のことが気になる?」
「……はい」
「キミはキミで、黎斗君のこと大事にしてるよね」
「だって――」
「キミ達は兄弟じゃないよ」
 私が言う前にナオさんにバッサリ切られる。

「あーあ、せっかくイイ感じで笑うようになったのに、また元に戻ったね」
「そんなこと言われても……私はただ、ナオさんの言葉が気になってついてきただけですから……」
「キミの世界を変える方法があるって言ったのは嘘じゃないよ」
「……ナオさんの言う、私の世界ってなんですか?」

「キミのその、男に対する苦手意識のことだよ。世界は見ようによってはいくらでも変わるってことを、知ってほしかったんだ」
「私の苦手意識を変えられる……? そんな方法が本当にあるんですか?」
「意識っていうか……そうだな」
 ナオさんは少し考え込んだ後、私を静かに見つめてくる。

「ねえ、亜紀ちゃん」
「はい」
「キミ、本当は……男が苦手じゃないんじゃない?」
「……は?」

「お待たせしました~」
 ナオさんの衝撃発言で固まってしまう私の前に、ふかふかのパンケーキが並べられる。
 とろけるメープルシロップのこうばしくて甘い香りが胃を刺激したけど、それどころじゃなくて。
 怒ればいいのか、笑えばいいのかもわからず、ナオさんを凝視してしまう。

「何をどうすれば……そんな話になるんですか? 私は男の人が苦手だから、あまり喋らないし――」
「でもキミは今、俺と喋ってるよ?」
「それはナオさんが……」
「俺は違う? もしかして俺だけ女に見える? そんなことないよね?」
「そうじゃなくて……」

「ああ、待って。キミを否定したいわけじゃないんだ。あくまで俺の考えだけど――キミが男嫌いだと思い込んでるっていう可能性はない?」
「思い込み……?」
「そう。キミは極度の人見知りなだけで、慣れれば男とも普通に話せるんだと、俺は思うよ」
「……人見知り……」
「恐らくキミは、黎斗君にずっと守られてたから、男とまともに喋ることもなくて、苦手だと思い込んでるんじゃない? 
 でもそれは、男とまともに接する機会がなかっただけで。鳥かごにいるキミは、自分を飛べない鳥だと勘違いしてるんだよ」

 ナオさんは言って、パンケーキにナイフを入れる。
 柔らかいパンケーキが簡単に崩れていく様子は、まるで私と黎斗のこれからを彷彿させた。