作:ドンタコス(@hanatarekko

 

上司の三井さんは、とてもクールだ。おまけに、超がつくほど仕事ができて、超がつくほど仕事に厳しい。

三井さんに企画書を出しても、ほんの何秒か見ただけで、その企画書の弱点を見抜いて、淡々と指摘する。

そんな三井さんが私はとても怖い。

だから、あの夜も最初は内心ヒヤヒヤだった。
というのも昨夜のことだ。

世間は華の金曜日で、きらびやかに賑わう午後7時。
私は三井さんと、オフィスから近い、こじんまりとしたワインカフェに向かっていた。

以前会社の企画でお世話になった、デザイナーのご夫妻企画のパーティーがそのワインカフェで行われるとのことで、三井さんはそれに招待されたらしい。
しかし、三井さん自身、そこまでそのご夫妻とは親しいというわけではなく、「アウェーなので相川さんも一緒に行きませんか?」と私にお誘いが来た。

パーティーの費用は三井さんが持ってくれると言うし、何より、三井さんの頼みは断れない。
私は変な汗をかきながら承諾した。

少し遅れてカフェに到着すると、私と三井さんは角の席に案内された。
机には洒落たミートパイとかキッシュなんかが並び、白ワインと赤ワインが、2種類ずう置かれている。

三井さんは、グラスを私の分までとり、「相川さん、白でいい?」と聞く。
私は「は、は、はい!」なんて舌をかみながら、うなずく。本当はワイン自体そんなに好きじゃないんだけどなぁ、なんて心の中で愚痴をこぼしながら。

しかし、お酒とは怖いものだ。三井さんがついでくれるワインに私の精神は軽やかに、ふわふわと、いいかげんになっていく。


体が少し、熱を帯びてきて、楽しくなってきた。
自然と三井さんとも距離が近くなる。
三井さんも、頬を赤くしながらケラケラとよく笑っている。

「俺さ、酔うと腕まで赤くなんの」

そう言って腕を突き出す三井さん。酔っ払っているからか、普段の敬語が崩れている。

「ほんとだー!真っ赤じゃないですか!かわいいー」

もはや、なんでもおかしい私は笑いが止まらない。

「触ってみたいー」

目の前に突き出された三井さんの腕は、以外とたくましい。体つきは、どちらかと言うとほっそりしているので、腕も女性みたいに細いと思っていたが、ちゃんと男の人の腕だった。

「だめって言ったら?」

三井さんを見上げると、少しだけ意地悪そうに笑う赤い顔があった。

仕事場では、いつもしかめっ面みたいな顔をして、せっせと仕事に取り組んでいる三井さんが、そんな顔をするなんて。

何故だか、心の中に焦りにも似た情熱が沸き起こった。

なんと答えたらいいか、分からなくて
「い、意地悪だなーって思うだけです!」
なんて軽くどもりながら、三井さんを見つめる。

相変わらず、意地悪そうに目を細めて笑う三井さん。なんだか、体の温度がさっきより2度ほど上がった気分。私も負けじと見つめ返す。

「腕だけでいいの?」

三井さんが少しだけ切なそうに首をかしげた。蒸気した頬に、熱っぽい三井さんの瞳が、とてつもなく色っぽい。だめだ、私みたいな小娘、こんな瞳で見られたらひとたまりもない!
私は慌てて目をそらして、白ワインを飲む。

すると、隣でいきなり笑いがはじけた。

「ごめん、ごめん!からかいすぎた。
いいよ、いくらでも触って。汚いおっさんの腕でよければ。」

29歳なんかまだまだおっさんなんかじゃないです!と心の中で否定しながら、結局人差し指で三井さんの腕をつつくことしかできなかった。

結局、終わり近くまでひとしきり飲んでからお開きになり、三井さんとは駅で別れた。

酔っ払って、少しだけふらつく私を三井さんは「大丈夫?」と言って、下手したら家まで送りかねない雰囲気だった。しかし、私にとってはそれどころじゃない。さっきから三井さんを見ると胸のドキドキが一向にやまないのだ。三井さんをなんとか振り切って電車に乗り込んだ。

私はなんだか、狐につままれたような気分だった。
えらいことになった。三井さんを好きになったかもしれない。

なんとか家まで帰り着き、今日のお礼のメールを作る。
送信し終わり、ほっとコーヒーを淹れようとキッチンに向かった瞬間、携帯が鳴りだした。
宛名は「上司・三井さん」と出ている。どうしよう、どうしようと迷いながらも、メールをさっき送った手前、寝ているふりはできない。散々待たせた挙句、電話をとると、少しだけ早口の三井さんの声が耳に響いた。

「あ、相川さん?今日は、えーっと、ありがとう。

なんか、今日のワインさ、俺的にそこまでおいしくなくって。

ちょうど会社の近くに、ワインのいい店があるから、どうだろう。明日の夜とか。

予定あるなら、全然断ってくれていいんだけどさ。」

私は口をあんぐり開けながら、「あー」とか「うー」なんて言って、結局「はい、ぜひ」と答えていた。

三井さん、今日のワインおいしくなかったなんて言ってるけど、絶対うそ。だって、あんなにおいしそうにガバガバ飲んでたのに、あれで嫌いだなんて、ありえない。

心の中に一抹の予感が浮かんだ。
もしかして、、、。






そして、いよいよ、三井さんと出かける夜がやってきた。
焦りながら、今夜着ていく洋服を選ぶ。
シフォンのクリーム色のカットソーに水色のカーディガン。スカートはやわらかいグレーで、いかにも甘いコーディネート。
だって、たぶん今日は勝負の日なんだもん。とは言いつつも、ここまで気合いを入れる自分が恥ずかしい。

いつもより目元も丁寧に化粧をして、久しぶりに髪も巻いて、待ち合わせの会社の最寄り駅に降り立った。

三井さんはすでに到着していて、私を見つけるとぎこちない笑顔を浮かべた。

「ど、どうも」なんて、私までぎこちなく挨拶すると、三井さんは少し表情がやわらかくなった。そして、ぐっと顔を私に近づける。

「あのさ、今日は俺が相川さんの腕を触る番ってのはどう?」

三井さんの顔はいつになく真剣だ。なのに、口から出る言葉はどこまでもちゃらんぽらん。つい、「え?」なんて聞き返してしまう。

「嫌なら、今日ご飯行くのはやめとこう。
俺、腕がオッケーなら他もオッケーって解釈するよ?それでも問題ない?」

相変わらず三井さんは、いつものように真剣そのものだ。

「この歳になると、ご飯行ってから、色々断られるのって精神的に来るんだよ」

ここまで言うと、三井さんは少し呼吸を乱して、気のせいか少し赤くなっている。

私も、告白なのかなんなのか分からない、微妙なこの感じに戸惑いが隠せない。しかし、この胸のトキメキが私にGOサインを出している。

「あ、あ、はい!触り放題です!」

焦りながらも、突いて出た言葉に自分で驚いていると、三井さんが笑い出した。

「いや、ゆっくり行こう!
驚かせてごめん、確認だけしたくて」

私たちは、ぎこちなく街へ歩き出した。
手はお互い自由をさまよっている。私は少しだけ物足りない気持ちを抱きつつも「ゆっくり行こう、ゆっくり行こう」と三井さんの言葉を心の中で繰り返した。

今日は土曜日。世界は相変わらず色めき立っている。