作:カメ美(@midogame

恋と甘いが浸透中  その1

「今回の件でよく分かったんだけど俺達さ、仕事上の相性はいいと思うんだよね。でも俺はそれだけじゃ足りない」
「え…っ、笠原さん…?」
「俺と付き合って下さい」
突然の笠原の告白に葵は一瞬目の前が真っ白になった。
だが、すぐに意識が覚醒すると笠原の真剣な瞳に見つめられていた。揺るぎのない真っ直ぐな瞳に。
頬が耳が熱い。胸が痛いくらいに高鳴って唇が震える。


「研修で初めて会った時から三島さんのことは気になってたし、色々からかうようなことも言ってきたけど、
一緒に仕事をしていく中で真面目で責任感が強い三島さんのことを俺は好きになった。
真っ直ぐだけど武器用に頑張る姿を見て支えたい、って思ったんだ。だから仕事以外でも三島さんの一番近くにいたい」


笠原の想いが葵の心に甘く優しく響き、葵の瞳から涙がぽろぽろと零れ始めた。
「えっ、ちょっと!三島さん!?ごめん、もしかして泣くほど嫌だった…!?」
慌てふためく笠原だが、重ねた手は離れない。それは葵の答えを確信しているかのように。


「そうじゃないんです…っ。あまりにもびっくりして…っ。それに私、今こんなノーメイクのボロボロなのに…」
笠原は葵から片方の手を離すと、そのまま葵の目元へ移動し涙を拭った。そして柔らかい笑みでこう言葉を続けた。
「そんなの関係ないよ。俺だってボロボロのかっこ悪い髭面じゃん?ねぇ、もう一回聞くよ?返事を聞かせて…?俺と…、付き合って下さい」
「はい…。よろしくお願いします」
葵は頬を真っ赤に染めながら笠原に返事をすると、目の前には心底嬉しそうな笠原の笑顔が。
そして次の瞬間、抱きしめられてしまった。


「じゃ、恋人同士になった証にキスしてもいい…?」
「えっ、もう!?ん…っ」
了承を得る前に唇には柔らかい感触が。ただ重なるだけの軽いキスだが、それは優しくて甘い。
唇が離れると、熱っぽい笠原の瞳が目の前にあって気恥ずかしくて葵は思わず目をそらしてしまった。
「どうしたの…?」
笠原の手が葵の頬に触れる。そこは熱く火照り、葵の緊張と胸の高鳴りまでもが笠原に伝わるようだった。
「あの…、髭が当たってちょっとくすぐったかったです…」
「初めてのキスの感想がそこ!?まぁ、確かに明け方だし生えてきてるけどさ。あーっ、もう!そういう感想も葵らしくて可愛いな!」
「ええっ!?今、名前で…!?」
「せっかく恋人同士になったんだから、二人きりの時は名前で呼びたいじゃない?勿論、仕事の時は今まで通りだけどさ。だから俺のことも名前で呼んで?」
「え…っ、あの…。よっちゃん…?」
「じゃなくて!確かに周囲はそうあだ名で呼ぶ人多いけど。良樹、だよ」
「…よ、良樹さん…」
「葵」
チュッ。笠原は頬を摺り寄せるように再び唇を重ねた。そして啄ばむ様なキスが何度も繰り返される。
「や…っ、笠原さん…、じゃなくて良樹さん…っ。髭が当たってくすぐったい…っ」
「だってわざと当ててるんもの。当然だよ?ねぇ、葵。俺とのキスはくすぐったいじゃなくて気持ちいいでしょ?ん…っ、チュ…ッ」
少しずつ激しさを増し、とろけるようなキスに変わっていく。抱き合いながらキスを交わす二人。
二人の甘い息遣いが漏れ、部屋の温度もキスの加速と共に上昇していった。



それから数時間後。早めに出勤した部長が応接室で目にしたものは、
恋人同士となった二人が抱き合う仲睦まじいものではなかった。
ひとしきり甘く熱いキスを繰り返した二人だが、集中力をフル稼働した明け方までの作業の疲労でソファで結局眠ってしまったのだ。
その姿は横に倒れるようであったり、ふんぞり返ったりと「泥のように眠る」といった言葉がぴったりで色気もない残念な状況。
ほぼノーメイクに、不精に生えてきた髭。こんなボロボロ状態の二人が誰も恋仲になっただなんて誰も気づくよしもなかった。


葵の心に芽生えた恋心。それは徐々に心の隙間を狙って進入した静かな甘さの積み重ねでもある。
自分もだんだんと笠原のことが好きになっていたんだ、と葵は改めた思う。
社内恋愛なんて初めての経験で、これからどうやって仕事をしていけばいいのか?と考えてしまったが、恋人になった笠原、もとい良樹には
「葵も俺もオンとオフは切り替えるタイプでしょ?だから仕事の時は今まで通りでいいんだよ」とあっさりと言われ、それもそうか。とすんなりと納得してしまった。
以前の葵ならやたらと深く考え込んでしまったかもしれないが、良樹の言葉は葵のガチガチの気持ちを和らげてくれる、そんな不思議な効力を持っているようだ。




徹夜明けのボロボロの体を引きずって、二人はこれから出勤してくるであろう会社の面々に会わないように裏通りを歩いて帰路につく。その理由は手を繋いでいるから。
今度の休日は良樹の趣味でもある「お散歩デート」に繰り出す約束をした。まだまだ良樹はこの街について知らないことが多いので、地元住民の葵が案内する予定だ。



「ねぇ、葵」
「何ですか?」
「俺の名前、呼んで?」
「良樹さん…」
「名前を呼ばれるのってやっぱり嬉しいね。今日から、公私共によろしくお願いします」
「はい、喜んで。それと…、あの…。私も良樹さんのことが好きです」
「えっ、それ今言う!?反則でしょ!?」
「だってきちんと好きって言ってなかったので…」
「だからってそんな不意打ちって…。俺も葵のことが好きだよ」


ビルの隙間から二人に注ぐ朝陽。疲れきった二人には爽やかな太陽の光の眩しさは少々こたえるが、それでも朝陽のシャワーは心地よい。
歩く方向はどんどん太陽が眩しくなって、目を細める二人。
そんな眩しさを浴びて悪戯心が芽生えた良樹は自動販売機の影に葵を連れ込むと、小さくキスを落とした。
外でキスするなんて!誰か会社の人に見られたらどうするの!?慌てふためく葵に良樹は笑う。
甘さの中にもちょっとしたスパイス。
それが混ざり合って互いの心に浸透する。そんな二人の大人の恋が今日から始まった。



END