作:虚空花(@morino_hana

声を聞かせて 第1話


声を聞かせて 第2話


「どういう意味……ですか?」

 大学内で会うなり、ナオさんに突っかかられた黎斗は、少しだけ沈黙した後、喉からしぼり出すように言った。

「そのままの意味だよ。君が亜紀ちゃんの隣に居る限り、亜紀ちゃんはずっと一人だ」

 ナオさんは挑戦的な笑みを浮かべる。
 優しげな顔をしているのに、棘のある笑顔。
 
「あの……やめてください」

 私はその場をなんとかしようとして口を出す。
 ――だけど。

「なら亜紀ちゃん、キミはどう思ってるの? ――黎斗君のこと。いくらなんでも、ハタチにもなって男女がずっと一緒にいるなんて、不自然だと思わないの?」
 
 黎斗は昔から度が過ぎるほどの心配性だったから、鬱陶しいとは思っても、常に一緒にいることが当たり前で――不自然だなんて思ったことはなかった。
 それをまさか、第三者に指摘されるなんて。

「……黎斗は大事な兄弟みたいなもの……なので……」

 そう返すもの、ナオさんの目を見ることができない。
 怖いからじゃなくて、気持ちに迷いがあったから。
 考えてみれば、私……黎斗以外の人と過ごす時間がほとんどない。

 ――これってもしかして、おかしいことなの?

 ようやくその答えに至って、私は黎斗の顔を見上げる。
 小さい頃から変わらない、耳にかかるくらいの黒髪は、前髪だけいつも野暮ったい。それにちょっとだけ猫背な黎斗。
 昔と何が違うのかさえわからないほど一緒にいることに今更気づく。

「――黎斗!」
 
 私が考え込んでいると、黎斗は突然、無言でその場を逃げ出した。

 ナオさんに突かれたことで動揺したのだろう。
 一瞬だけど、いつも無表情に近い黎斗が、傷ついた顔をしているのが見えた。

 私のことになると怒ったりすることもあるけど、あんなに悲しそうな顔を見たのは初めてかもしれない。
 私は慌てて黎斗を追いかけようと踏み出すけど――ナオさんに腕を掴まれる。

「追いかけたら、キミは彼の気持ちに応えるのと同じだけど――その覚悟はある?」
「は、離してください――ナオさんが言ってること……よくわかりません」
「彼を余計に傷つけたくないなら、今は駄目だよ」
「……どうして、黎斗に……あんなことを言ったんですか……?」
 おそるおそる訊ねると、ナオさんはなぜか強気に笑う。

「キミを攻略するには、まずはキミと忠犬君とのバランスを崩さないといけないと思ったからだよ」

 自信ありげな人――黎斗とは全く違う男の人。
 だけどどうしてだろう。黎斗を傷つけたこの人を憎めない自分がいる。
 それがどうしてなのかはわからないけど――。
 それよりも私は、ナオさんがどうして私や黎斗についてこんなに詳しいのかが気になった。

「ナオさんは……どうして私達がずっと一緒にいることを知っているんですか?」
「ああ、知ってるよ。亜紀ちゃんとカレが家を行き来するくらい仲が良いってこと」
「もしかして私の……知り合いから聞きました? ――イタッ」

 私の腕を掴むナオさんの手に力がこもる。
 一瞬、ナオさんがとても怖い顔をしているように見えたけど、瞬きで笑顔に変わる。

「ああ、ごめんね」 
「…………」
「――見てたよ。……俺もずっと傍でね……」
「……え?」
「それよりさ、亜紀ちゃん。これから時間ある?」
「……私は黎斗を……」

 言いながら、足が動かないことに気づく。
 さっきまでは、黎斗を追いかけなきゃ、と思っていたのに、どうしてしまったのだろう。

 ナオさんに「やめたほうがいい」と言われてから、本当に追いかけてはいけないような気がして――踏みとどまってしまった。
 だけど、この後どうすればいいのかもわからなくて戸惑っていると、ナオさんが囁くように言った。 

「キミは知りたくない? オレがどうして黎斗君にあんなことを言ったのか。
その真意に何があるのかを――もし君の世界を変える方法を俺が知っているのだとしたら――どうする?」
「……私の世界ってなんですか?」

 いつの間にか、ナオさんのペースに飲み込まれていた。
 男性に対する恐怖心なんてものはすっかり消え去って、初めてナオさんの目を真っ直ぐに見返すと、ナオさんは私の腕を離した。

「それを知りたければ、俺と一緒に来るといいよ。俺はキミの番犬を追い払った悪い奴だけど――どうする?」

 吸い込まれそうな栗色の瞳。まるでこれから手品を仕掛けるマジシャンの手に魅きつけられるかのように、目がそらせない。
 彼が一体なんなのかを知りたいところだけど、でも彼について行くのは少し危険な気がした。

 これはすりこみだろうか。
 男の人に簡単についていくなと黎斗に言われていたから。

 私が黙り込むと、ナオさんはひとさし指を唇につけて、さらに勿体ぶって言った。

「キミは俺が何者かを知りたくてついて来る」

 わざと胡散臭い言い回しをするナオさん。
 だけど確かに私がナオさんのことを知りたいのは事実で――黎斗が去った方角に後ろ髪をひかれながらも、今はナオさんがさしだした手を取ってみることにした。