作:ドンタコス(@hanatarekko

「あれ?笹原さん、前髪切った?」

田中くんが、電車で私を見つけるなり、嬉しそうに近づいて来た。
確かに、昨日の深夜になんとなく前髪を切りたくなり、ばっさりいってしまったのだけど、短すぎる、言わばオンザまゆ毛になってしまったのだった。正直穴があったら入りたい。

前髪を手で隠しながら、しぶしぶ私はうなずく。田中くんはいつもどおり、癖っ毛をワックスでアレンジして、ゆるふわ系。子犬のような愛らしい顔をしている。やだやだ、こんなにかわいい男の子なんか、やだやだ。

「ちょっと手をどけなよ!見えないじゃん!」

ちょっと意地悪な顔になって、私の手をどけようとする田中くん。田中君は顔はかわいいのに、手はゴツゴツとしていて、男の人って感じ。田中くんの体温が、私の手の甲に少しだけ伝わって、落ち着かない。もう、本当にやめてほしい。そういう風に、遠慮なく触れる所とか大っ嫌い。
無理矢理、前髪をさらされる私は、きっと真っ赤に違いない。
これは、前髪を切りすぎたために真っ赤なのであって、田中くんに真っ赤になっているのではない。断じて無い!

「かわいいじゃん!笹原、若返った!」
ケラケラ笑いながら、そんなことを言う田中くんは、本当に無神経。
それじゃ、いつもの私は一体いくつくらいに見えると言うのだろうか。
「あーうるさいうるさい」と田中くんを交わして、私は英語の小テストの勉強を始める。

単語帳を開くと、田中くんまでのぞきこんだ。つり革をつかみながら、長い体を少しかがめて私の方に顔を近づける。田中くんの横顔がすぐそこだ。
肌が本当にすべすべ。毛穴なんかなくって、女の私なんかよりずっとずっとキレイ。
本当にどこまでも憎たらしいヤツだ。


田中くんは急に真剣な顔になって、単語帳に集中し始めたけれど、私は田中くんのせいで単語なんか全く頭に入ってこない。私だってこれでも女だし、ある程度の距離は保ってくださいって田中くんに言いたいのをぐっとこらえる。
必死で単語に集中するフリをしているが、頬と頬がこすれそうな距離に戸惑う。
そんな時だった、ふっと耳に息がかかった。こそばゆい感覚に「んっ」と声が漏れる。

「笹原さんの耳たぶ、おいしそう」

耳元でささやかれた田中くんの一言に「ふへっ?」と、つい大きな声を出してしまった。つい、勢い良く田中くんの方を見ると、視界が田中くんでジャックされた。田中くんの顔がすぐそこだ。ああ、もうだめ、死んじゃう、神様!

「ははは、やっとこっち向いた」

そう言うと、からっとした笑い声をあげた。私の胸のドキドキという音が、絶対にきこえる、きこえちゃう!そんな時も田中くんは、ゆるっとふわふわしている。ただでさえたれ目なのに、笑うと思いきり目尻が下がる、私はこの笑顔が何よりも嫌い。女の私なんかより百倍キラキラしてて、甘々とろとろの笑顔なんて大っ嫌い!

「そういうことばっか言ってると、バチあたるんだからね」

少しどもりながら、やっとの思いで、田中くんに怒りをぶつける私。田中くんは「なんで?」と言いたげな、きょとん顔だ。

「あーもう、そういうの、心臓に悪いって言ってるの!顔近づけたり、変なこと言ったり!」

なかば怒っているようにも思える、私の声。ていうか、なんでこんなこと言ってるんだろう、私。まるで、私が田中くんのことを好きみたいじゃない。感極まって、涙まで出てきそう。
田中くんは、少しびっくりした顔をして、頭をかいている。拗ねたみたいに、少し唇をとがらせて、少しだけ頬がピンク色だ。

「あのね、これでもオレ、ドキドキしてるんだよ?」

あごをひいて、上目遣いの田中くん。心臓が飛び跳ねた。

ああ、もう神様、この言葉を録音するために時間を巻き戻して下さい。田中くん、私はあなたに完敗です。田中くんは、えへへへと歯を見せて笑いながら、照れくさそうに私から目をそらした。