作:もり

うーん…。よく寝たな。ようやくワシも、ようやくワシもこうやって目覚められたな。

三等身の体を思いっきり伸ばし、自由に動けるようになった喜びを満喫していた。



ワシがこの世に生まれ出でて、早幾歳…。
最初のワシの姿は、当時としてはハイカラなタキシードを着たうさぎのぬいぐるみであった。
しかし、代々の主人とともに、その時代を過ごすと共に、この姿も草臥れたものとなっておった。そんな中。今から三代前の主人が裁縫が得意だったため、このワシを綺麗に直してくれた。その時に、今の姿である、着物に紋付の羽織というものになった。
うさぎの体に着物はいささか違和感もあったが、ふと、ある時鏡に映ったワシの姿が目に入ると、なかなか粋じゃった。その時から、この着物もお気に入りであるのじゃ。
また、代々の主人は、時代の波に飲まれながらも力強く生きておった。じゃから、このぬいぐるみであるワシも主人の傍で見守るだけで十分であった。しかし、この平和な時代がそうさせるのかの。今の主人は、代々の主人から比べると、頼りないのじゃ。
芯には、一本筋は通っておるように思える。しかし、悔しさからそうさせるのか、すぐ涙腺が崩壊するようなのじゃ。その姿がワシには見ておれんのじゃ。
いつもの如く、主人を陰ながら見守って来てはいたが、いつまでもそのような“泣き虫”のままでいることに勘弁ならなかった。だから、ワシは一念発起し、ワシのえらいさんに直談判の上、こうやって主人と直に話し、助言をする機会を与えたれらのだ。

主人が帰ってきたら、ワシのこの姿を見ると驚くかもしれんが、まぁ、よかろう。
この姿の方が、殿方にあまり免疫が無い主人でも受け入れやすかろうな。



そんなことを主人の寝床から飛び降り、腕を組みながら、床をぽちぽちと歩いていた。そして、ふと見上げると、窓に掛っている布の隙間から夜なのにも関わらず、明るい光が差し込んでいた。

今日は、満月だったな。
一ヶ月しか期限がないのか…。
主人が“泣き虫”を無事克服し、精神的に強くなることができるのか不安だ。
まぁ。やるしかあるまいな。

月の光を見上げながら、ワシはこのように感慨に耽っていたのだった。
今夜もまだ主人の帰宅は遅いのか。
ふう…。

しかし、腹が減ったな。おお。今日は十五夜。だんごじゃ、だんご。
この時代の若い娘にしては珍しく、独り暮らしとなった今でも主人は時節を大切にしておったのう。短い腕を組みながら、やたらと背の高い机の方を見上げると、ちょこっと白いものが見えた。
すまないが、ちょっとばかりいただくことにしよう。
そう決めたワシは、短い手足を駆使して椅子をよじ登り、団子の待つ机の上へと向かった。
さすがにこの短い手足とずんぐりむっくりな胴、それにこのワシは羽織を来ておるから、このような“登山”は難しいのう。
椅子の一番高い処からよろめきながらなんとか机に飛び移り、ようやく麗しの団子の山まで辿り着いた。
「ふう。卓袱台なら楽に登れたものを…。このような、今の時代の机や椅子は背が高く大きいから、ちょっと摘むのも一苦労じゃのう…。」
小さな丘のように積まれているだんごの山がある皿の縁に手をつき、しばし、一息ついた。
「では、いただきます。」
ワシは、手を合わせ、団子を抱えながら、団子にかぶりついた。
こうやってだんごに被りつくのも久しぶりじゃのう。
ワシの頭の半分程もある月見団子を一個食べ終わる頃には、満腹感と机によじ登って来た疲れもあり、眠くなってきた。

主人が帰ってくるまで、もうしばらく眠ろうかのう。

眠気には勝てず、ワシの意識が遠くなっていった…。












「ただいまー。」

遠くの方で声が聞こえ、閉じた瞼かた光を感じた。

そろそろ起きようかの。
そう思った瞬間、主人の声にならないような声を感じた。そして、ワシが目を覚まし、立ち上がろうとすると、

「えっ…、ぎんじろう・・・? なんで、ぎんじろうが動いてるの?」

 そう主人が言ったまま、目を丸くしてその場で立ち竦んでいた。

「おい、オマエさん。しっかりしなされ。」
と、ワシが主人に声を掛けたものの、ふと肝心なことを思い出した。

 そうじゃ。
 主人にこのことを話しておらんかった…。
 このワシとしたことが…。

「すまんかった。驚かせるつもりはなかったんじゃ。ワシは…、ワシは…。」
と言うと同時に、意を決してやたらと背の高い机から飛び降り、立ち竦んでいる主人の元へを向かった。そして、辛うじて手の届く主人のくるぶし辺りを手で触れた。
 すると、主人は我に返り、足元に居るワシと目線を合わせるかのように屈んだ。
「…ほんとにぎんじろうだよね…。どうして…?」
なんとか声を振り絞り、ワシに尋ねてきた。
「すまないのう、突然、このように現れてしもうて。そりゃ、驚くじゃろうて。ワシはオマエさんのぬいぐるみであるところの“うさぎのぎんじろう”じゃ。すまんか、そのままで聞いてくれるかの。」
 ワシがそういうと、主人は、おそるおそる頷いた。
「ワシは、オマエさんを物心がつく前からこの姿で陰ながら見守って来たのじゃ。しかし、よい年頃の娘になっても、その“泣き虫”という弱点を克服しとらん。それで、居てもたってもおられんようになって、ワシのぬいぐるみのえらいさんに言うて、オマエさんに助言などを出来ようにしてもらったのじゃ。もう少し人間に近い姿でオマエさんの前に現れることも出来たのじゃが、そうすると、ワシの姿があまりにも麗し過ぎる為、殿方に免疫の少ないオマエさんには刺激が強すぎるじゃろうと思うて、この姿にしたのじゃ。」
主人は、ワシの言葉を真剣に聞いてくれた。そして、少し考えた後、
「…そうだったんだ…。…ちょっと半信半疑で、ちょっとびっくりしてる。でも、ずっと、私といっしょに居てくれてたし、いろんなことを聞いてくれてた。だから、ぎんじろうが喋れたらどんなにいいだろうって思ってたの。だから、嬉しさの方が大きいかな。」
そう、答えてくれた。
「うぅ。オマエさんは優しい娘じゃのう。それでじゃ。これから、次の満月となる日までの一ヶ月間だけじゃが、オマエさんを精神的に強くして、泣き虫を克服してもらうべく、助言していくつもりじゃ。よろしく頼むぞ。」
ワシはそう言って、精いっぱい背を伸ばし、手を伸ばして、ワシの目を見て、一心に見つめてくれる主人の頭をポンポンっと撫でた。
「そうだったんだ…。ありがとう、ぎんじろう。私も強くならなくちゃいけないって思ってはいたんだけどね。」
主人は、柔かく微笑んで、頭を撫でていたワシを抱き上げた。そして、
「改めて、これからもよろしくね、ぎんじろう。」
このワシに言うと、立ち上がり、いつものワシの置き場所である寝床の枕元へ置いた。
「オマエさんはええ娘じゃのう。…しっかり鍛えていくからのう。」
「はいはい。」
そう主人が言って、今度はワシの頭についている二つの長い耳の間をポンポンと軽く触れた。


 なんじゃろか。
 主人がワシの頭を撫でてくれたとき、ふと、ワシのココロに、ふわふわと温かいものを感じた。とても、心地良いものだった。
 今までに感じたことの無いものだった。