作:望月萌(@moe3m_

日曜日の午後。
外は相変わらず暑そうで、ガラス越しにもセミの声が聞こえてきそうだ。
僕はと言えば、今日は外出の予定がなくてよかったな、なんてリビングのソファに座りながら考えていた。
テレビでもつけようかと、リモコンに手を伸ばしたその時、今頃起きたのか、まだ眠たそうに目をこすりながら妹がリビングへ入ってきた。


「今起きたの? おそよう」

「んー…せっかくの日曜だもん、いっぱい寝たくてー」



僕の嫌味にそう返しながら、大きなあくびをひとつ。
一応右手を当ててはいるものの、口元は全然隠せていない。
妹の間抜け顔は丸見えだった。
まったく、恥じらいというものはないんだろうか。


「お前だって一応女の子なんだから、そういうのちゃんと隠せよ。だからいつまで経っても彼氏が出来ないんだぞー」

「お兄ちゃんだって彼女いないじゃん」


こんな風に言われてしまっては、僕も何も言い返すことが出来ない。
さすが妹なだけあって、痛いところをついてくる。
反撃する代わりに、伸ばしかけていた手でリモコンを握った。
テレビをつけて、コロコロとチャンネルを切り替える。
興味が惹かれるような番組はやっていなくて、そのまま適当な番組をつけっぱなしにした。
すると、妹は淹れたばかりのココアを持って僕の隣に腰掛けた。


「またココア?」

「うん。大好きだもん。で、この番組面白いの?」

「いや、なんとなくつけただけ」

「ふぅん」


暫く二人でぼーっとテレビを見ていたけれど、やはり面白くなかったのか、妹は僕の手からリモコンを取り上げ、テレビの電源を落とした。
それからマグカップをテーブルに置いて、ソファから立ち上がり引き出しの中をゴソゴソと漁る。
あいつは何をやっているんだ、とぼーっとその様子を眺めていると、何かを見つけ、満足そうにまた戻ってきた。


「はい! これやって!」


満面の笑みで差し出したのは、耳かき棒。


「へ?」


何故このタイミングで耳かきなのか。
僕には何がなんだか分からない。

妹は、訳が分からずポカンとしている僕の膝に頭を乗せ、じっと僕を見上げた。
この体制には覚えがあって、懐かしい感覚に少し心が暖かくなる。



「さっき小さい時にお兄ちゃんが耳かきしてくれてた夢見たの」


そう言いながら、身体を反転させグリグリと僕の膝におでこを押し付ける。


「こーら、くすぐったい」

「えへへ、なんか懐かしいね!」



ニコニコと嬉しそうな顔を見て、「しょうがないな」なんて言いながら、耳にかかる髪の毛を優しく払った。
あの時も柔らかい髪だったけれど、子供の髪とは違う、しなやかな柔らかさに少し戸惑う。
耳だって、あの時より大きくなっているし、ちらりと覗く無防備な首筋。
目の前にいるのは妹だというのに、懐かしくて全然違うそんな不思議な感覚に妙にドキドキした。


「痛かったら言えよ?」

「はーい」


恐る恐る耳かき棒を耳の中に入れ、小さく動かしながら様子を探る。
妹は「もうちょい上ー」なんて僕に指示を出しながら、満足そうな表情だ。
とりあえず強さの目安を掴んだ僕は、少し耳を引っ張りながら、優しく掻き出すように動かした。



「やっぱりお兄ちゃんが一番耳かき上手ー」

「ああ、母さんは汚れ取るのに必死になるし、父さんは不器用だしな」


あの二人よりは、僕の方が妹の耳を傷つけないよう、慎重にやっているであろうことはすぐに想像出来た。
僕の耳かきは汚れを取る、というよりも、なかなか眠れない妹を寝かしつける為にやっていたし。
母さんにされるよりも、気持ちよさは数段上だっただろう。



「お兄ちゃん、ふわふわのやつも使ってー」

「はいはい」


小さい時からこの白いふわふわの部分で掃除されるのも好きだったな、と僕も当時のことを思い出す。
優しくこしょこしょと耳を掃除して、白いふわふわで終了。それから反対の耳。
妹お気に入りのお決まりのフルコースがあって、今回もそのフルコース耳かきを施す。



「はい、反対」

「…んー」




右耳が終わった時には、もう妹の目はトロンとしていた。
さっきまで寝ていたくせにまだ眠たくなるのか、と呆れるを通り越して尊敬しつつ、今度は左耳。
のそのそと膝の上で妹が身体を反転させるのを待ち、再び耳にかかる髪の毛を払う。

左耳の耳かきをはじめて、一通り掃除を済ませ、僕が耳かき棒を回転させふわふわを使う頃には、妹はすっかり寝息を立てていた。



「…まだ寝るのかよ」


声に出してみたが、妹は起きる気配はない。
完全に夢の世界へ旅立っている。
これだけ眠って、夜眠れるのか心配になりつつも、とても気持ちよく眠っているので起こす気にはならなかった。
妹を膝に乗せたまま動けなくなってしまった僕は、さっきまで妹が飲んでいたココアの残りを飲み干した。


「あっま!!」


甘党の妹が淹れたココアは想像以上に甘くて、つい声に出してしまった。
言った後で少し音量がでかかったかも、と妹へ視線を落としたけれど、相変わらず規則正しく寝息を立てている。
その様子に一安心し、ココアだけじゃなく僕も相当こいつに甘いな、と苦笑いがこぼれた。

でも、僕の膝の上で幸せそうに眠る妹は、小さい頃から今も変わらず世界一かわいくて。
僕は思わず気持ちよさそうに眠る妹の頬を優しく突付いた。
そして、もうしばらくこのココアみたいに甘ったるいお兄ちゃんでいてやるよ、とこっそり誓った。