作:ドンタコス


 


いつの間にか8月が終わり、新学期が始まった。


まだ夏の暑さが残る9月、私は久しぶりにセーラー服に袖を通す。


 


補習などもあったため、そこまで久しぶりとも感じないクラスメイト。


しかし、みんな嬉しそうに夏休みの思い出について、はじけるように話している。


 


彼氏と、夏祭りの帰りにキスをしたという親友のマイ。


それから、他校の男の子と初合コンしたという、ななめ前の席のカナミ。


みんな、なかなかにお盛んだ。


 


私はというと、家族で旅行に行ったり、ひとりで古い映画のDVDを家で見たり、男っ気はないものの、自分としてはかなり充実したものだった。


気になる人がいないわけじゃあないけれど、みんなみたいに、色々頑張れるほど自分に自信があるわけでもないしね。


とは、言いつつも少しだけ気持ちがシュンとしてしまうのも事実。


 


そんな中、にぎわう教室で人一倍、人懐っこい笑い声をあげる高橋がくるっと振り返った。ヤツは、私の前の席に座る、何かとちょっかいを出してくる面倒くさいやつだ。


プリントをわざと私の手の届かない上の方へ高くあげたり、購買部のパンを包んでいたラップを私の机に放ったり。


しかし、どういう訳か、私はヤツのそんなイタズラにびっくりするほど、苦しくなってしまうのだった。


 


眉をひそめるものの、内心嬉しくて、胸が窮屈に感じてしまうほど心臓がせわしなく動く。あえて生意気な口を高橋にきいて、それに高橋が言い返して、そうやって会話がリズムよく弾んでいく瞬間が、私はたまらなく好きなのだった。


振り返る瞬間、高橋の丸い目が、私をつかまえると、言葉を失ってしまう。


そう、私は高橋に恋しているのだった。


 


「佐藤、久しぶり!


お前、一段と肌白くなったなあ、夏休みも家にひきこもってたのか?」


 


高橋は、私の席を振り返るやいなや、そう言うと、意地悪そうに笑った。


一方、高橋はこんがり小麦色の肌だ。


高橋は野球部に入っている。きっと、夏休みも部活一色で、グラウンドを駆け回ったのだろう。頬もおでこも、もちろん鼻だって、いい焼き加減だ。


 


「うるさい、バカ」


 


私がそう言うと、高橋は目尻をきゅうっと下げて、八重歯を出して笑い転げる。


 


「相変わらず、お前口わりいな、引きこもりにバカって言われたくねえよ」


 


いきなり優しい顔をして笑う高橋に、体がじゅっと熱くなる。私はそんな自分を隠すように、口をとがらせてつっかかる。


 


「なによ、アホみたいに日焼けしちゃって。


鼻なんか、皮がむけて気持ち悪いんだけど!」


 


私がそう言うと、目を見開いて、高橋はいきなり顔を近づけて来た。


 


「え?気持ち悪いって?ん?」


 


そう言いながら、ぐっと顔を私の方へ突き出す。


急に私と高橋の距離が15センチほどに狭まる。つやつやとした高橋の日焼けした肌が、少年みたいな目が、いきなり視界を覆った。


小さな声で「きゃっ」と言って、私は、少し体を後ろに引く。そんな私を見て、高橋はくしゃっと笑った。


そんな私がよっぽど面白かったのか、それから1日中、各授業でプリントが配られる度に、高橋は狙ったように顔を近づけてきた。


その度に私は泣きたくなるほど、心臓が痛くなるのだった。


 


そんな風に、心休まることもなく、あっという間に放課後を迎えた。


高橋は、野球部のユニフォームに着替え始めている。部室で着替えればいいのにと思いながらも、ちょっとでも長く話せると思うと、ニヤニヤが止まらない。


教室には、私と高橋しか残っていない。クラスメイトは、放課後になると逃げるように家に帰るか、部活に行くかどっちかだ。


いつもだったら、高橋もすぐ部活に向かうというのに、今日は珍しく教室に残って着替えている。


 


高橋は、あのタイツみたいな黒いスパッツをのばしながら、私の方を振り返る。膝をたてながら、また、顔を近づけて来た。さすがに何度もされると、さすがの私も慣れてくる。


私がふんっと顔をそらすと、少しすねたような顔をする高橋。


少しだけ唇をアヒルみたいに突き出して、小さい子みたいだ。しかし、よく見ると、高橋の唇はガサガサなのだった。


 


「高橋、あんた唇ガサガサ!」


 


私が思わず大きい声をだすと、少しびっくりしたのか、ちょっとくぐもった声を出す。


 


「お、おう。まあな。日焼けするとどんどんむけてくるのよ、唇も」


 


そう言うと、まるでキスするみたいに唇をつきだした。色あせたようなピンク色の唇。ところどころ、痛々しく皮がめくれている。なんだか、私の体が熱い。


 


「私、リップクリーム持ってるよ」


 


自分で何を言ってるのか、頭が追いつかない。しかし、私はスカートのポケットからリップクリームを取り出していた。指で塗るタイプのメンソレータム。


少しだけスウスウする、私の定番。


高橋がきょとんとしている。


 


「ほら、塗ってあげるから」


 


私は指で、つるんしたリップをなでる。薬指ですくった、クリームがテカテカとしていた。


私はぐっと腕をのばし、高橋の唇に触れる。


私のより、ずっとぷっくりとして、かわいらしく膨れた唇。弾力があるくせに、表面はガサガサで、なんだかキュンとしてしまう。ささくれのような肌触りが、愛おしい。


 


「お前、そんな顔するなよ」


 


高橋のその声に、ふと我に帰った。目の前に日焼けした肌でも、分かるぐらいに、真っ赤になった高橋がいた。目が鋭く、顔がいつになく怒っている。しかし、そんな表情も、顔が真っ赤だと、これっぽっちも怖くない。


 


「あれ?高橋、また一段と日焼けした?」


 


次は、私が高橋をからかう番だった。


窓の外には、まだまだ夏の面影が真っ青に広がっている。


まだまだ、この熱は冷めそうにない。