作:望月萌(@moe3m_

真新しい消しゴムと、青いボールペン。
それを机の上に並べて、僕は深呼吸をした。


「ふぅ……よし、書くぞ」




***





あれは、妹がリビングに広げっぱなしにしていた雑誌に載っていたのだっただろうか。


席替えで憧れの彼女と隣の席になれた。
しかし、そんなチャンスから1週間経った今も彼女と何も話せていなかったヘタレな僕。

そんな僕の目に飛び込んできたのが、『おまじない』の文字だった。
クラスの女子が話をしているのは聞いていたけれど、男の僕には無縁だと思っていたそれ。
自然と手は雑誌に伸びていて、周囲に妹がいないことを確認すると、僕はその特集を読み始めた。


ダイエットが成功するおまじない、テストの点数が良くなるおまじない、そして、好きな人に近づけるおまじない。
たくさんのおまじないが紹介されている中で、1番手軽に出来そうだったのが、消しゴムに青いペンで好きな相手の名前を書いて、誰にも見つからずに使い切る、というものだった。
これなら、おまじない初心者の僕には、ピッタリかもしれない。
そう思った僕は、買ったばかりの新しい消しゴムに、今こうして青いボールペンで彼女の名前を書こうとしているのだった。



***





青いインクが彼女の名前を模る間、無意識のうちに呼吸を忘れてしまっていた。
そしてペンを置くと同時に、堰を切ったように盛大に息を吐いた。



「っはー! 緊張したー!」



名前を書くくらいでなんでこんなに緊張してんだよ、と心の中で自分にツッコミを入れながら、遠慮がちに小さく書かれた彼女の名前にそっと触れた。


インクが乾いていることを確認して、プラスチック製のケースにしまう。
ケースの上からでも、彼女の名前が書かれている部分を見ると、なんだか気恥ずかしくなった。




***







「おーい圭太、この消しゴム、一瞬だけ貸してくれ!」


おまじない初日。
しょっぱなから、僕は危機に遭遇していた。


「やだ! 」



勿論、意地悪で消しゴムを貸さない訳じゃない。
少しガサツな親友は、うっかりプラスチックのカバーを外してしまうかもしれない。
このおまじないにとっては、危険人物だ。
そう感じた僕は、徹底的に拒否することに決めた。



「一瞬だけだって。俺、もう筆箱しまっちゃってさ」


「この消しゴムだけはだーめ!」


「なんだよケチー。その消しゴム、そんなに気に入ってんのか? 消しやすいんなら、俺も今度同じの買おーっと」



そういうことじゃないんだよ、と心の中で友人に悪態をつきないがら、手のひらに包まれた消しゴムを眺めた。
この消しゴムには、僕のなけなしの小さな勇気が詰まってるんだ。


消しゴムを筆箱に戻して、次の数学の授業の準備を始める。
鞄から教科書やノートを取り出し、机に並べている、その時。
隣の席から彼女が僕に話しかけてきてくれた。


「圭太くん」

「ふぁい!」


突然のことに驚いた僕は、「はい」と返事を返すこともままならず、情けない程の噛みっぷりを彼女の前で披露してしまった。
そんな僕の動揺っぷりを物ともせず、ニッコリと優しく微笑みながら彼女は続けた。


「実は、教科書忘れちゃって… 次の授業で教科書見せてもらってもいいかな?」


申し訳無さそうに、両手を前で合わせて謝る仕草をしながら、僕の様子を伺う彼女。
しっかり者な彼女が教科書を忘れるなんて珍しい。


「う、うん! どうぞ!」



緊張MAXな僕は、それだけ返すことで必死だった。
彼女はありがとう、と言いながら僕の机に自分の机をくっつけた。



「ごめんね。今朝机の上に置きっぱなしにしちゃってたみたいで…」

「そうなんだ。いつもしっかりしてるイメージだから、なんだか意外だな」

「そんなことないよー。でも、圭太くんが私のことそんな風に思ってたなんて嬉しいな!」




そう言って席に座りながら彼女がニコニコと微笑む。
その笑顔と、いつもよりかなり近い場所に彼女がいることにドキドキと胸が高鳴った。




「圭太くん、数学得意だよね。私苦手だから羨ましいなー!」

「数学苦手なんだ? えっと…僕でよかったら、お手伝いする…よ?」

「本当? 実は、席替えして隣になったから、教えて貰えたらな、って思ってたんだ!」




彼女が僕のことを気にかけてくれていたという事実に、胸が高鳴る。
いつもより早い鼓動が、余計に加速する。



「実はね、前の授業の時も、ここが分からなくって…」



そう言いながら、教科書を覗きこむ彼女。
ただでさえ距離が近いのに、彼女が教科書を覗きこむと、その距離は一層縮まる。
うるさいくらいに鳴り響く心臓の音が、彼女に聞こえてしまうんじゃないかと、冷や汗が滲んだ。

気を抜くとニヤけてしまう顔を必死に抑えつつ、これもおまじないの力なのかな、なんて思いながら。
僕は、おまじないがくれた小さな奇跡を噛み締めていた。