作:カメ美(@midogame

ある日、取引先との打ち合わせから戻ると俺は部長に会議室へと呼び出された。
何かミスでもやらかしたか?と頭の中を混乱させている俺に告げられたひとこと。

「来月から君に出向に行って欲しいんだ」

ああ、ついに来たか。俺は驚くほど冷静にこの言葉を受け入れた。

俺の勤務する会社は一応その業界じゃ有名どころで、関連会社をいくつも抱えている。
そして若手社員は必ずといっていいほど入社して数年のうちに修行として関連会社に出向することがお決まりだ。
俺も入社五年目。とうとうこの時が来たか、と冷静に思った次第だ。

ただ、タイミングが悪かった。勿論、出向に行くことが嫌なのではない。俺もサラリーマンの端くれ。行けと言われたら断れない。
問題は「彼女」のことだ。大学時代からの付き合いの彼女はとても頑張り屋で、
雑貨メーカーに就職し念願叶ってようやく直営店の店長を任されることになったと喜んでいたのがつい先日。
俺の出向先は新幹線で二時間もあれば行ける場所だ。
まだ結婚しているわけではないし、でも俺としては彼女とは結婚を前提に付き合っているつもりだ。

だが、プロポーズもしていないのに無責任に「俺について来い」なんて言えるはずがない。
それにせっかくやりがいのある仕事を任され意欲に燃えている彼女にやはり言えるはずがない。

だから俺達は遠距離恋愛することを決めた。俺も彼女もお互いのことが好きだし、これを機に別れる理由なんて見つからない。

出向期間は二年間と決まっている。期間が終わればとりあえず一旦は今いる本社に戻れるのだ。
彼女に遠距離恋愛を提案した時の「本当はついて行きたいけれど…」、と申し訳なさそうに話す表情が忘れられない。
俺だって離れるのは辛いし寂しい。
「お前が仕事を頑張ってるのは俺が一番よく知ってる。それにこれからが踏ん張りどころなんだろう? だから今は頑張れ」

彼女をそう励ますと、泣きそうになりながらも笑顔で頷いた。
でもその表情がやっぱり寂しそうで俺は思わずその場で彼女を抱きしめた。

そして彼女は引越しの荷造りも手伝ってくれた。
引越し前日の今の部屋で過ごす最後の日には仕事帰りに駆けつけた彼女とそのまま過ごし、
翌日は新幹線のホームまで見送ってくれた彼女と柱の影に隠れて別れのキスを交わした。
それから早3ヶ月。

出向先は今までの業務と異なり全てが未知の世界だった。

当然仕事終わりにアパートへ帰るや否や疲れてベッドへ倒れこむ日々。
そんな中でもスマホやネットの無料通話で彼女との連絡は欠かさない…、そのはずだった。

お互い、仕事が多忙で余裕があまりなくなってしまったのか。連絡の頻度は自然と少しずつ回数が減ってしまっていた。

俺の休みは土日だが、彼女はサービス業だから休みは不定期だ。新幹線で互いに会いに行こうとしても何せ休みが合わない。

距離が離れている分、休みが合わなくても仕事帰りに食事…なんてことは出来ない。

俺はいつものように仕事から帰ると疲れてベッドへ寝転がった。そしてスマホの画像ファイルを開く。
そこには俺の引越し前日に部屋で過ごした時にいわゆる自撮りで撮影したツーショットの写真が。
写真の彼女はいつもの明るい笑顔。俺は彼女の元気な笑顔が大好きだ。
でも俺は知っている。彼女は寂しい時、辛い時ほど明るい笑顔を見せてしまうのだ。
あの時も写真を撮り終わった直後に俺に猫みたいに甘えてきた。それが寂しがっていた証拠だ。
それに昨日、スマホで「仕事どう?」とメッセージを送った時の返事が「大丈夫!」返事がその一言だけだったのが気になる。

充実していれば「なかなか売れなかった商品がお店のディスプレイを変えたらお客さんに手にとってもらえるようになったんだ」とか具体的に報告してくるはずだ。
だから返事が淡白なのは「何かがある証拠」なのだ。
俺がこっちに越してからまだ一度しか会っていない。その時は彼女がわざわざ会いにきてくれた。

俺もそろそろ直接彼女に会っていつもの元気な笑顔を見たい。触れたいしキスしたいし抱きしめたい。

時刻を確認すると夜10時を回っている。店も閉店してさすがにそろそろ彼女も家路に着いた頃だろう。

俺は彼女の声が聞きたくなって電話をかけることにした。そして電話はすぐに繋がった。
「もしもし、お疲れ様。今話しても大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ!全然元気だよ!」
彼女のいつもの明るい声。だけど明らかに違うところが。

「お前、何かあっただろ?」

「え…?」

「元気かどうか俺がまだ聞いてもいないのに、お前が元気だよとか言い出す時は大体大丈夫じゃないんだよ。大学時代からお前と何年付き合ってると思ってるんだよ。どうした?何があった?」

「あ、うん…。ごめん…、えっと…。会いたい…」

頑張り屋で人に弱みを見せるのが苦手な彼女。
だからこそいつも明るく元気で辛い時にも決してそれを表に見せようとしない。そんな彼女が言った弱々しい泣きそうな声でのひとこと。「会いたい」。

きっと仕事で辛いことがあったのだろう。

「お前明日仕事は?」

「明日はお休みだよ」

「じゃ、明日朝一番の新幹線でお前のとこ行くから!」
明日は土曜日。俺も仕事は休みだ。

「俺、日曜の夕方までそっちにいるからお前の時間の許す限り思う存分話を聞いてやる!いいな!」

「うん、ありがとう…。ねぇ…」

「何だよ?」

「…大好き」

「…俺もだよ。だから明日会ったら俺に思いっきり甘えろ!お前が食いたいって言ってたこっちの名物のお菓子もお土産に買って行ってやる!」

お互いの休みが合わないから、そんな中で行ってもほんの数時間しか一緒にいられないから、疲れているから、とか小さな理由で彼女と会わなかった自分を殴ってやりたい。

傍にいられないから彼女に辛いことがあっても気づいてやることができないのに。
離れている時間が愛を育てる。そんな言葉はあるが、それには相当な努力が必要だと思う。

明日、彼女に会ったら思いっきり抱きしめたい。彼女の話も勿論聞くが、本当は俺もこっちの仕事が慣れなくて結構気持ちがへこんでいる。

だから俺の方が彼女に会ったらホッとして女々しいけれど、泣いてしまうかもしれない。
愛し合うもの同士、互いに元気を貰って充電。エネルギーを分かち合う。きっと今の俺達にはそれが必要なのだ。

そう考えながらスマホで寝る前に彼女にメッセージを送った。

「明日は会えなかった分の色んな話をしよう。大好きだよ、お休み」