作:ねこねこマーチ

放課後。
学校を飛び出したオレが向かうのは、いつもの場所。
都内のビルに入ってる、とある芸能プロダクション。
ぶっちゃけ、所属タレントも社員も少ない小さな事務所だけど、妙に居心地がよくて、用がない時もなんとなく立ち寄るのが日課になってしまってた。


「ちぃーっす! ——ととっ」

いつものように事務所のドアを勢いよく開けて、部屋にいるはずのマネージャーに向けて挨拶したオレは、慌てて口をつぐんだ。
事務机の並んだ部屋の奥で、マネージャーが事務所用電話の受話器を片手に何か話している。

マネージャーはオレに目を向けると、受話器を持っていない方の手を拝むような形に上げて、ごめん、と言うように頭を下げた。
了解の合図に軽く手を振って、休憩所兼打ち合わせスペースに置かれた二人掛けのソファへと向かう。

通学用のリュックを放り投げて、その横にどさっと倒れ込むように座ると、ほどよい弾力のクッションがオレの身体を受け止めてくれた。

社長って、こーいうトコには金惜しまねーんだよな。
座り心地バツグンのソファに沈み込みながらそんなことを思う。

一見シンプルに見えるけど、こんなちっぽけな事務所に似つかわしくないお値段なのは明白で。
それに、目の前のテーブルも、事務所スペースとの間を仕切るパーテーションも、その他この部屋に置かれた家具や雑貨は、目利きをうならせるものがそろっていると思う。
来客に対するねぎらい……というかまぁ、ぶっちゃけ、弱小貧乏事務所風情が、と商談相手にナメられないように取りそろえたんだろう。

この世界、中身よりも見た目の豪華さにダマされるのは、よくある話だ。
自分が本格的にこの世界=芸能界に身を置いたのはまだ2ヶ月ほどだけど、鬱陶しいほどメンドウな家庭の事情ってヤツのおかげで、芸能界ってモンを常に身近に感じていたオレは、それを知っている。

だから……ホントにこんな世界、一生関わるつもりはなかったんだけどなー。
そりゃ、歌うのは好きだけど……別に趣味でやってくだけでもよかったし。
なのに……。

ふと顔を上げると、まだ電話中のマネージャーが目に入った。
真剣な顔つきで、メモを取りながら話をしている。
なんとなくその様子を眺めていると、不意にマネージャーがくしゃっと笑った。

ドクンッ。
瞬間、心臓が跳ね上がった

な、なんだ、今の……?
別にオレに向かって笑いかけたワケじゃなく、通話相手が冗談でも言ったことに対するリアクションだったんだろうけど……。
なんでこんなに、ドキドキするんだ?

「……ったく。ワケわかんねー」

熱くなる頬を感じながら、オレはマネージャーから視線をそらした。
マネージャーと出会ったあの日から、調子狂うことが多すぎる。
うっかり芸能事務所入りしちまったのも、すべてはアイツのせいなワケで。

『私がアナタを幸せにする!』

ふとした拍子に、何度もこの言葉が耳に甦る。
コレだけ聞くと、マジ逆プロポーズかよと思っちまうけど、オレをスカウトしたいあまりに口をついた言葉で、深い……というか、その……色恋的な意味なんて、まったくなかったんだろうけど。
オレはあの言葉に、囚われちまったんだ。

ガキの頃から何度もスカウトされて、芸能界入りを夢見るヤツらがヨダレをたらしそうなウマい話を星の数ほど聞かされたけど、オレの心が動かされることはなかった。
どれもこれも、上っ面だけのニセモノに思えたから。
むしろ芸能界ってモンに対する嫌悪が募るばかりで。
だけど……アイツの言葉だけは、ホンモノだと思った。
真剣にオレのことを見て言ってくれている言葉だと思った。
だから——心が動かされたんだ。

この人なら——いつかオレを、本当に幸せにしてくれるかもしれないって。

「——奏汰くん」

「え? うわっ!?」

呼ばれて振り向くと、いつの間に移動して来たのか、マネージャーがオレの顔をのぞきこんでいた。
ってか、ちかっ! 顔ちかっ!

「な、なんだよ! いきなりそばにくんじゃねーよ! ビックリすんだろ!」

「ご、ごめん。電話終わったから声かけたんだけど、奏汰くん気づかないから」

「え……そ、そうだったのか。悪りぃ。ちっと考え事してて……」

もごもごと言い訳しながら、オレはふと思い出した。
そういえば……幸せにしてもらうためには、オレがアイドルとして、みんなを幸せにしないといけないんだよな。
うん。まずはそこからってワケで。
つまり、そのためには……。

「う〜〜〜ん……」

「……奏汰くん? 難しい顔してどうしたの?
あ、もしかしておなか痛い? またコーヒー牛乳飲み過ぎたの?
早く背を伸ばしたいのはわかるけど、飲み過ぎちゃダメだからね」

「ちげーよっ! っつか、背のことは今カンケーねーだろ!
——って、そうじゃなくて。
オレ、アンタに言いたいことあるんだけど」

「な、なに?」

オレの勢いに押されて少し引きながらも、マネージャーがオレを見る。
オレはその目をまっすぐとらえて、少し息を吸い込んでから言い放った。

「なー! オレ、頑張るから!
頑張って、アイドルのテッペン目指すから!」

だから……ちゃんとオレのこと、幸せにしてくれよな。
そう続くはずの言葉は、気づかれないようにそっと飲み込んだ。

「——え? あ、うん! 頑張ろうねっ!」

突然の宣言に驚いた顔をしながらも、マネージャーは力強く両手拳を握りしめるポーズ付きで言ってくれた。
そしてさっきよりも大きく嬉しそうに、くしゃっとした笑顔をオレに向けるから。

また跳ね上がった心臓と熱くなっていく頬を持て余しながら、オレは「おう!」と拳を突き上げた。

<END>